眠りが人生の中心になる。
日本に帰ってきた途端、猛烈に暑くなった。日が暮れてもなお身体にまとわりつくような空気、これにどこかの家から流れてくる食べものの匂いや繁華街の饐えた臭いが交じると、そのまんま東南アジアの雰囲気になる。おまけに毎日のようにスコールが都心を直撃する。スコールが降り出す少し前に予兆のように流れ出す冷やっとした風。東京はいつからかモンスーン気候に変わったというのか。
そして夜も寝苦しい。弱くエアコンを付けっ放しにして寝ているのだが、寝入りばなにはまだ部屋全体に昼間の余熱が残っているし、真夜中には身体が冷えてしまう。そして日が昇る頃には早くも窓越しに新たな熱が感じられて目を覚ましてしまう。ベッドに横たわっている時間はそこそこ長いのに、充分な睡眠の取れない日が続き、昼間もいまいち集中できない。
マレーシアにいるときには、とにかく夜はぐっすりと眠った。目覚ましもかけないし、テレビを見ることもないし、寝る前にiPhoneをいじったりもしない。昼間は暑かった空気も、夜になるとすっかりと涼しくなり、朝方にはしっかりシーツをかぶっていなければ寒く感じるほどだ。空が明るくなるのも7時を過ぎてからになる。そんな最高の条件のなかで深く眠っているはずなのに、最近あまり見なくなった夢を、一晩のうちに何度も鮮明に見た。
普段僕が夢をみるのは、きまって心配ごとや悩みごとがある時だ。恐らく夢のなかでそういったものごとをうまく消化して、現実と折り合いをつけていこうとするのだろう。しかしながら、マレーシア滞在中に見た夢には、昔付き合いがあって、今はなんとなく疎遠になってしまった友人たちが、夢ごとに代わるがわる登場してきた。そして僕は彼らと一緒に遊び、久しぶりに言葉を交わした。そして目覚める度に、いく分スッキリとした気分になる。こんなことを何度か繰り返して、旅程が終わりに近づくにつれ、心は軽くなった。
筋肉痛からの回復に睡眠が必要なように、心の疲れや痛みを癒してくれるのも睡眠の役割なのだと思う。休暇のなかのどんな活動よりも、質の高い睡眠が心と身体をリフレッシュさせてくれたことを実感する。この貯金を早々と食い潰さないように、早めにこの夏の自宅での睡眠コンディションを整えたい。
うちの奥さんにとっても睡眠は重要なファクターで、欠かせないものであるようだ(普段はある程度短時間睡眠でも大丈夫だが、寝る時はびっくりするくらい長く寝ている)。これからライフスタイルを選んでいくなかで、睡眠を軸にして判断をすることもあるんじゃないか、と思ったりもする。