life goes on.
日記(ブログ)、思い起こせばもう16年くらいいろんな場所で駄文を書き殴っているし、その前にリアルなノートに書いていたもの(あれはどこにいったのだろうか、、)を合わせると20年を超える。
20代の前半から後半、そして30代を渡り歩いてもう押しもおされぬ40代である。仕事での立ち位置は大きく変わったし、子どももどんどん大きくなってしまうのだが、意外にも自分自身の思考回路は変わっていないし、根本的な部分で自分を取り巻く環境はさほど変わっていない。そして昔と変わらず似たようなポジションでうんうんうなっているのである。
40代はいろんなものを背負う季節で、自分もまた今までにないくらいにいろいろとのしかかってきている。まだ親のことが深刻化していない分だけ序の口なのかもしれない。ひとつひとつのことを、できるだけ感情を揺さぶらせずに、淡々と向き合っていくだけである。
ということで、いったんキレも全然なくなっていたので、更新もお休みにします。いつ再開するかな、、人生は続いていく。
モー娘。
久しぶりに都心でモーニング娘。の広告を見たけれども、息の長いグループだなと思う。AKB48などよりも遥かに長い。そして、いまでも20年以上前の人気ナンバーを歌っても、全然違和感がない。なんというか、理想的なグループとしての歴史の積み重ね方だなといまになって思う。
もちろん、スタートのメンバーの華々しい輝きはあるけれども、そこから時代が移り変わっても、それぞれに話題になるメンバーがおり、グループとしての基盤を固めながら、初期からのDNAを残すことに成功している、そして中期以降は、初期の遺産をちゃんと生かしながら、以前ほどは目立たないけれども、コアなファンをしっかりと掴み続け、本格派としての腕を磨き続け、そこに年季を重ねた初期メンバーがたまに重みを加える。
ここまでしっかりと歴史を刻んできたからこそ、これからも老舗グループとして、新しい進化を模索し続けるのであろう。デビューしたのは自分が高校生になる頃である。還暦まで残っていたとしたら、どんな感慨を抱くだろうか。
生命力。
東出昌大氏が再婚したとのニュースが飛び込んできた。朝ドラをきっかけに結婚をして、不倫をして離婚をして、山に篭っているうちに女性と知り合っての結婚である。
彼は山中でほぼ自活の生活をしている。生命力が強いなと思う。東京で暮らしたり、中途半端な地方都市で暮らすことに行き詰まりを覚えるような時代になれば、彼のような生き方ができるオトコはさぞかしモテることだろう。
再婚のあいさつもサラっとしている。いい感じで世の中に諦念していて、怖いものはなにもないという風情である。こういう心理状態で過ごせるのは憧れる。でも彼の生活はとても自分にはマネできないと思うけれども。。
日本円も崩壊して、インフラも維持できなくなれば、彼のような生き方は一周まわって最先端になるのかもしれない。しかも、インターネットの世界からも隔絶されている。あの暮らし方に回帰することで、いまの資本主義社会の行き詰まりは、はじめて打破されていくのかもしれない。
監督。
大崎先生。
だいぶ前のことになってしまったのだが、大崎善生先生が亡くなられた。「聖の青春」「将棋の子」を皮切りに、先生の作品は半分以上は読んだはずで、不肖わたくしの少ない読書歴のなかではかなりの割合の高さを誇る。将棋に限らない幅広いジャンルで文才を発揮できる人だったと思う。
大崎先生の文章はとにかく優しい。必死にもがく人たちの人生模様に優しく、柔らかく光を当てる。読んでいて、自分ももっとがんばろう、前を向いて生きようという気持ちにさせられるのである。
札幌生まれで、お医者さん家系の人でもある。アカデミックな香りがするとともに、北海道のおおらかさ、空の広さを人間という器に詰め込んだような感覚もある。北海道の感覚はなかなか好きなのだが、大崎先生の影響もあるのかもしれない。
最後まで好きなように生きて、存分にその個性を発揮した人だと思う。自分もまた、そんな軽やかさをまとって生きていきたい。人生は長いように見えて短い。
夏休み。
夏休み最後の日曜日。朝から野球。なんとも言えない結末で一区切り。負けることも野球である、とはいえ、勝ちにどこまでもこだわったうえでの負けでなければ意味はない。どこまで勝ちにこだわったか、よく胸に手を当てて考えるしかない。
午前中で野球は終わり、昼からは子どもは外に遊びにいく。なんでも自分よりも低学年の子と遊んだらしい。どんなふうにふるまっているのだろうか、気になる。子どもは大人の見えないところで成長するものであるし、停滞が続いていたとしてもある時にぐんと成長するものである。そういうものは、大人がどれだけ促しても引っ張ってもできるものではなくて、最後は自分で気づきを得るしかないのだ。
自分は平日にやり残した作業などをちょぼちょぼと。土日にもある程度仕事をしているのだが、それは平日を余裕を持って過ごすためであり、自分のなかでのバランスを保つためである。なにかに全力投球ともいかずフワフワとしているのはこれはもう性なのかもしれない。
そして、夏休みも終わり。
負けから学ぶ。
一週おやすみをもらったものの、また今週末からは少年野球。昔に比べればずいぶんと自分も汗をかくようになったのは体質の変化のせいか。少年野球に関わるようになって体力がついたかと思いきや、役回り的にそうでもないので、あまり変わっておらず、むしろ加齢によって疲れやすくなっている面は否めないのは、なんとも自分らしいと言うべきか。
きょうも審判をしていたのだが、チームでこれまでずっとあまりいいところのなかった子が目の覚めるようなクリーンヒットを放ち、思わず声が出てしまった。ベンチの面々も思わず声をあげて立ち上がっていた。少年野球ってこういう瞬間がなんともいえずいいよなあと思う。
野球というスポーツは、親の負担も大きく、また拘束時間も長い。その割にプレー機会は多くないし、基本的にはトーナメントでも負けて終わるスポーツである。また、強いチームになればなるほど、レギュラーになれず、日の目もみれずに引退していくことも珍しいことではない。それでも、このスポーツに尊さがあり、野球という尺度では敗者であっても、人生を通じて他の場面で自分の居場所を見つけている人が多いということに、この不可思議なスポーツを通じて学ぶことの多様さがあるのだろう。