強さ。

オリンピックを見ていると本当に一発勝負という感がある。特に日本は地元開催でアドバンテージもあるはずなのだが、トラックやコートを自分の庭のように扱ってパフォーマンスを出していくのはそれでもなお難しいのだなと思わされる。


タイム勝負の種目ではもちろん速さが求められるわけだが、それ以上に「強さ」も求められるというのはそういう部分なのであろう。雰囲気にのまれることなく、自分のペースにもちこんでパフォーマンスが出せることが必要とされている。


そのとき、「強さ」の源泉となるものはなんだろうか。支えてくれる人の存在、ここまでの人生で得た原体験、弛まぬことなく積み重ねてきたルーティン。


大舞台で、自分のベストを出し切る姿はかっこいい。たとえ結果が伴っても伴っていなくともそれは変わらない。自分もフィールドは違えどもそうありたい。


自分の身体のサイズは変わらなくとも、自分の闘う場所を手中に収めることができるだろうか。勝手知ったる場所のようにふるまうことができるだろうか。意識していきたい。

高校野球2021。

高校野球47代表がほぼ揃うところまできている。例年ならば、地方大会の結果を毎日丹念に追うのが7月の日課だったのだが、さすがに今年はその余裕がなかった。それでも、各地区の決勝や、話題になった試合などは追うことができた。


この時期の高校球児のプレーは本当にレベルが高いと思う。いままで培ったものも大きいのだろうが、実力以上のパフォーマンスが出せるのが夏の甲子園、そしてその予選だといつもながらに思う。特に、いまの2年生、3年生はその大半を、Covidのこともありまともに野球に取り組めないでいたのにもかかわらず、レベルの高いプレーを見せてくれることには脱帽である。


無観客試合にはなったが、夏の甲子園が無事に開催されることにはホッとしている。若い人たちの貴重な機会をCovidがむやみに奪うことがあってはならない。


オリンピックもしかり、スポーツは短いサイクルで世代交代するからこそ、新しい才能がどんどん伸びて、世界にも飛び出していくことができているのだと思う。他の分野でもこうあってほしいものである。

この冬。

Covidワクチンをまだ接種していない。予約もできていない。周囲では2回の接種を終えた人もちらほら出てきている。


これだけ感染者数が増えてもそこまで騒がれていないのも、ワクチンの接種がある程度進んでいるからなのかもしれない。たしかに重症者数も死亡者数もそこまで増えていない。


社会は少しずつ正常化に向かい、Covidも普通の風邪と同じように扱われはじめる気配がある。ただその一方で、この冬にはもうひと山なにかが起こるかもしれない、という疑念もぬぐえない。既に見えている部分では、ワクチンによる抗体が半年ほどで消えるためにイスラエルでは3回目の接種が来月から始まろうとしている。インフルエンザのように毎年ワクチンを打ち続けることになるのかもしれない。そして米国などでも再度のロックダウンの可能性も出てきた。


どうしても、「この波を越えればもう平時に戻る」と人間は思ってしまいがちだが、まだまだそうはいかないだろう。周りがどう言おうと、自分は自分でやることをやるしかない。ありったけの準備と、大丈夫だという根拠のない自信を併存して。

ドンムアン。

ひと目みて、ああ懐かしい場所だと思い出せた。バンコクドンムアン空港15年前まではバンコクの空の玄関だった。その後もLCC中心に運用されている。


タイでは、マレーシアやインドネシアに引き続いてCovid感染者数の増加が止まらず、ついに空港が仮設の病院へと衣替えされた。あの赤っぽい内装のロビーに段ボールベッドが並べられる。明らかに非常時である。


昔のドンムアンは、なんだか怪しげな雰囲気が漂っていた。山ほどの荷物を転がすインド系の人たち、空港内に漂う独特の臭い、壊れているトイレ、英語がほとんど通じないグランドスタッフ、そして空港を一歩でると完全に下町が広がっているのである。


幹線道路沿いのバス停で、いつくるとも知れない赤バスを待つ。わずか2.5パーツでバンコク市内の至るところに連れていってもらえるのだ。バックパックを抱えて何度乗りこんだことだろう。バスの車掌が持っていた独特の筒型の小銭入れも懐かしい。


Covidがひどくて、もう海外など行くこともないかな、なんて思っていたけれども、やっぱり状況が落ち着けばかの国にも行ってみたい。タイの状況が収束してくれることを祈る。

未体験ゾーン。

東京都で3000人超え、神奈川県で1000人超え。ここにきてCovidの波は未体験ゾーンに入ってきた。ここからまだ上にいくのだろうか。収束することはあるのだろうか。一方で、市井の緊張感は全くない。というか、本当に危機感を持っている人は外出していないのだろう。感覚が麻痺してしまっている人、無理やり麻痺させている人だけが街中に出てきているのかもしれない。


Covidがますます分断を広げている。感染リスクの捉え方、五輪開催への反応、未来との向き合い方、、そうして分断をなんとか埋めていこうという人も極めて少なくなっているように感じる。あえて無理をして価値観の違う人の融合を図るよりも、同じ価値観の集団のなかで過ごしたほうがストレスも少ないし、それでいいや、という人たちが以前にもまして増えていることを感じる。


行き着くところはどこなのだろうか。今年の後半は、いろんな混乱、アクシデントがないまぜになって押し寄せてくるのかなと感じている。心身に無理のない範囲で、いまやれることを着実にやり切るだけだが。

夏の昼下がり。

熱帯夜に近い日が続いて、寝苦しい日が多かったのだが、一昨日の夜〜昨日の朝はぐっすりと眠ることができた。台風の影響かかなり涼しい朝であった。


昼まではしごく涼しい日だったのだが、正午をすぎると蒸し暑くなってきた。目的地の最寄駅に着いたが、少し時間が余っている。ボートレース場行きのシャトルバスが出ていたので、思わず乗ってしまった。


少々場違いな感じを出しながら、かの地に着く。車券を買うつもりはないので、付近を散策してみる。川沿いで風が吹いて気持ちがいい。川向こうには団地が並び、その先には東京都心が見える。


広々としたところにいると、つまらないことで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなる。もっと自然に近いところで暮らせば、メンタルの状態も変わるのかもしれない。


昼休み時間も終わって、じりじりと照りつける道を汗をふきふき歩く。そのあとはタフな交渉になったが、少し昔のことを思い出して懐かしくなった。もう一度、いろんなところに飛び込んでいきたい。


ガラガラのバスに乗って最寄り駅に帰る。感染者数が驚くほど増えているが予想通りだ。なるようにしかならないと思っている。

日焼け。

梅雨も明けて炎天下での野球の練習を何度かこなすと、日焼けで肌が痛くなってきた。ここ数年では1番日焼けしているかもしれない。


たっぷりと水分と休息を取らないと熱中症になってしまいそうである。それでも、日陰で練習をしたり、工夫すればなんとかなる部分はある。風の通り道にいれば屋外でも涼しい。


★★★


オリンピックも、そもそもの開催時期からしてあえてこの酷暑のなかでやるべきではなかったと思う。アスリートたちの頑張りには心打たれるし、純粋に応援したい気持ちしかないのだが、それと運営にまつわるもろもろとは切り離して、やっぱりいろんなところに無理があるのだと思う。それを現場の頑張りでなんとかつじつまを合わせていく、というのがなんとも悲しい。


なんだかずっともやもやした気持ちを抱えたまま、終幕まで観続けることになりそうだ。晴れやかな気持ちで応援し、感動する気持ちにはなれない。小難しく考えないようにしたほうが幸せな人生なのかもしれない。


とにかく無事に最後まで終わってくれることを願う。なにかトラブルが起きてくれだとか、中止を呪うのはそれはそれでまた正しくない態度だとは思うので。