7七銀の価値。

出張の日程とA級順位戦8回戦の日程が重なり、さらに金曜日の夜という幸運も重なって、関西将棋会館での大盤解説会に行ってきた。実家からそれほど遠くないので終電を気にする必要もないのだ。東京千駄ケ谷将棋会館だとこうはいかない。20時半ごろから入場して、全ての対局が終わる1時過ぎまでたっぷり将棋に浸って幸せな時間を過ごした。

関西待望の若手棋士である稲葉六段、菅井五段、船江五段に加え、関西を代表するトップ棋士でありA級復帰を決めた久保九段、村田女流二段、香川女流初段、さらには竜王戦の対局を終えたばかりの畠山鎮七段、糸谷六段も飛び入りで解説をしてくださり、まさに関西の人気の先生が勢揃いといったところ。地元谷川九段の対局と、名人挑戦に大きく絡む羽生三冠と渡辺竜王の対局を中心にA級全5局の解説が断続的に行われた。関西らしく時折冗談を交えての軽妙なトークだ。どの先生もしゃべりが上手い。普段NHK杯のインタビューで緊張した姿を見ているだけに意外だ。

22時を過ぎて徐々に形勢がはっきりとしてくる対局が出てくるなか、羽生ー渡辺戦はどちらが優勢なのか解説陣も全く見当がつかないといった様子。この両者の対局は最後の最後までほとんど形勢に差がついていないというケースが多い。プロの先生でさえわざわざ掘り下げて筋を読むのが億劫になるくらいに掴みどころがなく複雑な局面が続いていた。この局面をできる限り漏れなく読み続けるのは、並外れた熱意が必要であろうと感じた。その熱意は、勝負への執念によって支えられるものなのだろうか、将棋への純粋な好奇心によって保たれるものなのだろうか。互いの玉か詰むや詰まざるやの難解な形勢のまま、日付が変わって他の対局が終わりはじめた。

水中我慢比べのような戦いは、羽生が先ず渡辺の玉を包み込むように仕留める形を築いた。ただ完全に勝ち切るには一手の余裕が必要だ。その一手の余裕が捻出できない。渡辺の大駒が羽生陣の奥から羽生の玉を中段へ引きずり出そうと攻め立てた。そこで羽生の7七銀という手が飛び出す。渡辺の大駒の効きを遮るために、わざとすぐに取られる場所に守りの要の駒を捨てる一手。相手に駒を渡しながら、一手の余裕を稼ぐ勝負手だったと言える。この手を境に渡辺がペースを崩されたか、緩い手が出て羽生が逆転勝ちを収めた。昨年の王座戦第3戦に続き、羽生の銀を活用した勝負手に渡辺の感覚が壊されたと言えよう(羽生もまた感覚が狂っていたのかもしれない。局後の検討では両者ともに形勢を錯覚していたようだ)。またもや凄いものをみた。