将棋の子。

この週末は新進棋士奨励会三段リーグの例会日であった。半年間続いたリーグ戦18局の最終戦である。上村亘三段・石田直裕三段・渡辺大夢三段の三名が見事に四段昇段の権利を勝ち取り、10月1日付けで四段昇段、プロ棋士としてデビューすることとなった。今回の昇段者はそれぞれ25歳、23歳、24歳と、長く苦しい奨励会生活を続けてきた末に掴み取った栄冠である。現在第一線で活躍する棋士はやはり、10代でスイスイとプロデビューしているケースが多いが、年齢を積み重ねてからプロになった棋士が指す将棋には、その苦労がにじみ出た味わいのある指し手を見せてもらうことができると僕は感じている。早く公式戦での彼らの指す棋譜を見てみたい。とにもかくにもおめでとう、お疲れさまでしたと言いたい。

将棋の世界では原則として26歳までに四段昇段できなければ奨励会を退会しなければならない、という規則がある。上に挙げた三人はその恐怖とも戦いながら四段昇段を果たしたが、同じく三人の棋士が今回のリーグ戦を最後に年齢制限によって奨励会を退会することとなった。なかでも荒木宣貴三段は昨年までNHK杯テレビ将棋トーナメントで長年記録係を務めていた(ちなみに石田直裕三段も現在隔週で記録係を務めており、おそらく四段昇段後も来年春まではテレビで見られるのではないかと思われる)こともあり、妙な親しみがあってここ数年個人的に応援していたのだが、ついに退会となってしまった。麻布高校卒業(進学はせず将棋に専念)ということもあり、改めて大学進学を狙うのだろうか、師匠の米長邦雄会長のつてを利用して将棋に関わる仕事に就くのだろうか、いずれにせよ第二の人生を前向きに頑張ってほしいものである。これまで将棋に注ぎ込んだ努力は無駄になることはない、と思ってほしい。こちらもお疲れさまでしたと言いたい。

一方で今回の三段リーグから、中学三年生の増田康宏三段が参加している。最終日に敗れて惜しくも四段昇段とはならなかったが、中学生での四段昇段は、これまで四人しか達成したことのない偉業である。四人の顔ぶれは、羽生善治をはじめとして、全員がタイトル経験のある超一流の棋士であり、増田三段がこれに続けば大きくメディアでも採りあげられるはずであった。次回の三段リーグで昇段を決めれば引き続き中学生棋士誕生のチャンスはあり、期待すべき存在である。

将棋の世界には、最上位のクラス(A級)のリーグ戦最終戦一斉対局日を「将棋界の1年で一番長い日」と呼んでいるが、僕は奨励会三段リーグの最終日こそが、一番密度の濃い1日なのではないかと思わざるを得ない。プロ棋士という終身の資格を得る者、その夢を諦めざるを得ない者が交錯する、これほど直接的に人生を左右する勝負は他にそうそうないのではないだろうか。この日に挑んだ一人ひとりの三段棋士の心の動きを想像すると胸が苦しくなる。