勉強。

先日の高校の恩師との会食で印象に残ったのは、先生が僕らを受け持つ前の、偏差値ではあまり高くない高校に赴任していたときの話だ。


時代もいまと違い生徒指導などが大変だったが、やりがいはすごく感じていたのだと言う。「彼らは勉強はできないかもしれないが、勉強が嫌いなわけではない」「ポイントをずらせば、彼らも必ず意欲的に勉強に取り組むようになる、そこが醍醐味」と言う。


ややもすれば偏差値や進学実績で教育は語られがちであるが、勉強ができるできないなどというのは人間のいくつもある側面のひとつの切り口でしかないのだ。勉強以外に彼らが光るモノ、意欲をかきたてるものがあるのならば、そこを切り口に能力(テストの点数に限らない)を伸ばすこともできるし、それこそが学校が学校たるゆえん(とはいえ、今や塾や予備校などもそういった能力の開発に踏みこんできているが)なのだろう。


残念ながら、近年の大阪府の高等教育行政には、数値目標や競争原理が入り込んできていて、数値で語れない人間性や能力を見つけて伸ばす余裕が失われつつあるという側面もあるのだが、いつかまたこの揺り戻しもくるのだと信じたい。