こじ開ける。

ものすごい勝負を見た。王座戦第2局のことである。

羽生善治三冠に中村太地六段が挑んでいる今回のタイトル戦。25歳の中村六段は雑誌将棋世界の表紙を、ファッション誌のモデルかと見間違うかのいでたちで飾る、貴公子と呼ばれる存在である。

両者は昨年の棋聖戦でもタイトル戦番勝負を戦っている。結果は羽生三冠が三連勝でストレート勝ち。中村六段もいいところまでは追い詰めたのだが、一歩足りなかった。そのリベンジを果たすべく、中村六段は勝ち上がってきた。

月初に行われた第1局は中村六段が勝った。対羽生戦6戦目での初勝利である。終始中村六段が攻めていたが、羽生三冠の勝負術も巧みで、容易に土俵を割らない。羽生三冠から一勝を挙げることがどれだけ大変なことか、見ているこちら側も痛感するような内容であった。しかしながら、中村六段は間違えることなく羽生三冠の玉を受けなしに追い込んだ。

羽生三冠はこれまでに113のタイトル戦番勝負を戦い、通算85期のタイトルを獲得している(無論史上最多であり、今後どこまでこの記録を伸ばすかが注目されている)。ということはタイトル戦での敗退が28回あるということなのだが、ほとんどが森内俊之名人をはじめとする同世代の棋士に敗れたものであり、はっきりと年下になる世代の棋士に敗れたことは、渡辺明三冠を例外として考えれば見当たらない。渡辺三冠を別格とすれば、今回中村六段が羽生三冠からタイトルを奪うことになれば、それは若手世代が羽生世代に大きなくさびを打ち込んだと言えるのである。

そんな状況で行われた第2局は、初戦とはうってかわって羽生三冠が攻め続ける展開となった。途中までは羽生三冠が優勢を保っていたのだが、中村六段は自玉をするりと脱出させて、敵陣に突入させる入玉作戦を採る。将棋の駒の利きの特性から、いったん敵陣に入った王様を捕まえるのは非常に難しくなる。すわ中村六段の連勝か、と思われた最終盤であったが、羽生三冠は大駒を大胆に捨てながら中村六段の玉の周りの駒を剥がし、ついに玉を中段に押し返した。明確な詰みに討ち取ったわけではないが、攻守ともに見込みなしとなったところで、中村六段が頭を下げた。総手数203手は王座戦史上最多の記録となった。

秒読みの戦いが延々と続くなか、羽生三冠はまさに鬼のような指し手で中村玉をこじ開けた。扇子を握りしめ、床に手をついていた両者の左手は出血したかと思うほどに真っ赤に染まっていた。終局後の中村六段は魂が抜けているかのような放心状態であった。

これで1勝1敗。もはや伝説の域に達した史上最強の棋士が持つタイトルの座を、若手No.1期士はどうこじ開けていくだろうか。歴史が動く瞬間を僕らは見ている。