Eテレで毎週日曜日の午前中に行われているNHK杯将棋トーナメントは、きょうが一年間行われてきた今期のトーナメント戦の大トリである決勝戦だった。対戦カードは渡辺二冠と羽生三冠。現在の将棋界最高峰の組み合わせである。順当と言えば順当なのだが、早指しのトーナメント戦でお互いがこのように勝ち上がってくる、しかも二年連続で2人とも決勝まで勝ち上がってくるというところが、2人の実力の凄まじさを感じさせられる。特に羽生三冠は六年連続の決勝進出、五年連続の優勝というもはや今後起こり得ないような成績を残してきている。誰しもうっかりミスを起こしかねないような早指し棋戦で都合25連勝を重ねてくるということは、もはや奇跡以外の言葉では言い表し難い。
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しかしながら面白いのは、羽生三冠のNHK杯での戦いぶりは、25連勝という結果ほどに盤石なものではない。むしろ、序盤から中盤はこれまであまり勝率が良くないような戦法をあえて採用してみたりするようなことが多く、中盤までに不利な展開に陥るようなことが多い。それでも羽生三冠だからなにかの狙いがあるのだろう、逆転のあやを掴んでいるのだろうと思いながら見ていると、魔法でも使ったかのようにその通りに勝ち筋に入っていく。感想戦や後日の解説などを聞いていると、羽生三冠自身も苦戦であることを認識していながら、逆転への道すじを見出しているので、もしかしたらあえて不利な局面へと誘導しているのではないだろうかという穿った見方をしてしまいかねない。不利な局面や分が悪いとこれまで考えられていた戦法をあえて採用しつつ、そこからの勝ち筋を見つけ出すことで、将棋というゲームの新たな境地を広げる作業に取り組んでいる。最近の羽生三冠の将棋にはそんな気配すら漂うのである。目先の勝ち負けよりも、将棋というゲームの真理にたどり着こうとしている、そんな作業を繰り返しているように思えてくる。
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きょうの決勝戦、羽生三冠はここでも意欲的に、これまで分が良くないとされた戦法に自ら誘導した。渡辺二冠はいつも通りに王様をきっちり囲んで細い攻めをつなげていこうとする。渡辺二冠が序盤に築いたわずかなリードを生かして鮮やかに攻めをつなぎ、結果としては渡辺二冠がNHK杯初優勝、羽生三冠の
五年以上にわたって続いた連勝も途切れた。
表彰式での羽生三冠はなんとも淡々としていた。その姿は、連勝、連覇記録が途切れたとしても、究めたい将棋の真理があると言うメッセージに見えた。渡辺二冠も勝ってなお満足はしていないだろう。渡辺二冠が棋王位獲得間近、羽生三冠が森内名人への挑戦権を獲得し、羽生渡辺時代はもうしばらく続くだろうと思わさせられる一戦であった。