絶好調の安倍政権が、TPPの交渉参加を
明言した。しかしながら執拗な反対運動を続けるJA等の農業団体に充分な配慮を見せ、コメをはじめとする主要品目については聖域として、関税撤廃の動きから外す見込みになっている。
今まで農業団体の反対運動を、まぁそんなものかと思っていて、主要品目の聖域化も致し方がないのかなと無自覚に思っていたが、この機会に改めて考えてみるとものすごくおかしい論理で運動をしているように思えてきた。農業、特にコメ作りに対しては既に相当な補助金が継続的に投入されている。その補助金はどこから出ているのか、他の産業が輸出や投資を通じて得ることができた富が巡り巡って補助金の原資となっているのではないだろうか、補助金を受け取っている立場でありながら、その補助金の原資となる稼ぎが拡大するような仕組みであるTPPについて、交渉参加の段階から反対の意思表示をするという論理はどこから生まれるのだろうか、そこまでして国内農業を守らざるを得ない大義とはいかなるものなのだろうか。反対運動を見ていると、この人たちは本気でこんな論理を掲げているのかな、誰かに義務でやらされているか、踊らされているだけなんじゃないのかな、とすら思えてくる。恥ずかしげもなくよくシュプレヒコールをあげられるな、と。
そもそも国内農業はそこまでして関税で守らなければならないほどの弱い産業なのだろうか、味のレベルも品質も高く、恵まれた環境で作られた農産物は、価格の高さなどは問題にならないどころか、むしろ競争力が高く外貨獲得手段としての大きなポテンシャルを持っているはずだ。また、近年急速に成長している工場での農産物生産などは、そのシステムごと海外に輸出できる魅力がある。海外に販路を見出そうとする農家や、工場を持つ農業法人などは、農業団体のTPP反対運動をどんな目で見ているだろうか。農業はすっかり強者のはずなのに、いつまで弱者のふりをするのだろうか。いつまでカロリーベースでの自給率を持ち出して、国内農業保護に走るのか。
農業に限らず、本当は強者なのに、弱者のふりをしているものが他にないだろうか。印象操作をして、うまく有利なポジションに収まろうとしているものがないだろうか。いかにもアンタッチャブルなイシューに見せかけてはいないだろうか。自分が享受しているそのポジションが、誰の犠牲によって成り立っているか、考えたことはあるだろうか。弱者のふりをし続けた強者は最後にどこに行き着くのだろうか。