明け方。

今年は去年と比べればどうしようもない熱帯夜、というような日も少なかったので、夜寝るときにほとんどエアコンを使わずに済んだ。そのおかげでぐっすりと眠れた夜が多かった。 昨日は久しぶりに朝方に目が覚めて、そこから眠れなくなってしまった。気分が昂ぶったままで目をつぶってやり過ごすのも精神衛生上よくないので、目を開けてiPhoneで将棋ゲームをやりはじめた。 3-4年くらい前はこうやってヘンテコな夜間に目を覚ましては、将棋ゲームで時間をつぶすことが多かったなあと思い出した。たしか息子が夜泣きをして、抱っこひもであやしながら、手持ち無沙汰を解消するための手段にしていたような気もする。 あの頃は今から振り返っても体力、というか睡眠不足に対する耐性があったなあと思う。もしまた赤ちゃんを育てる機会ができたら、どうやって乗り切るだろうか。恐ろしくもあるけど、もう一度そんな機会がやってくればよいなあ、とも思っている。

低温。

どんどん朝晩が涼しくなってきた。今年は短い夏だった、ということになるのだろう。寝室の窓を開けておくと、朝方にひんやりとした空気が忍び込んできて気持ちが良い。


★★★


世界的な景気の減速もあって、各国の金利がどんどん沈みはじめてきた。米国があからさまに金利の引き下げを志向しはじめたので、この流れは変わらないだろう。財政不安定とされてきた南欧の国々ですらマイナス金利が目前に迫っている。


米中貿易戦争の余波で、中国が米国債の売却をはじめれば一時的に金利は急騰するかもしれないが、長期的にみれば、金利は沈み続けるだろう。人口動態からしてもそれは避けられないように思う。そしてじわじわとインフレが進んでいくのだろう。


経済の教科書も書き換えなければならない時期がきている。マーケットの世界にもなにやら冷んやりとした風が吹き込みはじめている。じっとしているままでは、気づけば低体温症にかかって動けなくなってしまうだろう。

過密日程。

ペナントレースも佳境。3-6位もまだ団子状態であり、各チーム残り20試合前後になってきておりラストスパートである。と言いたいところなのだが、どうにも各チームキレがない。


はっきり言えば、どのチームも疲弊している。特に救援投手の調子がどこも悪く、試合終盤になって二転三転するゲームが多い。試合時間も長くなるし、面白いと言うよりは見ていて疲れることが多い。見てるほうがこうなのだから、選手たちはもっと疲れているだろう。


その要因として、今年は例年以上に連戦が多い。雨で流れたゲームが多いわけでもないのだが、10連戦が普通に何度も組み込まれている。そして全日程終了が例年よりも早い。マリーンズなどは、このまま雨天順延などがなければ、連戦づくめのまま924日がラストゲームとなる。


オフシーズンに組み込まれる国際大会など、いろんな事情があり、また興行面からも試合数は削減できないのだろうが、出ずっぱりの野手や、連投を迫られる投手などはたまったものではないだろう。日本のプロ野球高校野球やメジャーのように、レギュラーにも休養日を設けることが必要なのかもしれない。このまま疲弊したグダグダの野球を見せられるのは辛い。

洗濯。

洗濯はもうずっと僕の役割である。最近、洗濯洗剤を変えてみたところ、以前よりもしっかりと汚れが落ちるようになった。


たいてい僕は時短モードで洗濯をしてしまうので、これまで汚れが落ち切っていなかったのかもしれない。雨が続くと部屋干しになってしまうのでそうなると余計に雑菌が残りやすい。洗濯の段階でしっかりと雑菌まで除菌できるような洗剤をもっと前から使うべきだったのかもしれない。


この夏ハワイで滞在したコンドに備え付けられていたランドリーは、しっかりとお湯で時間をかけて洗う仕様になっていた。日本とは水の質も違うので、水温をあげてパワーをかけないと落ちるものも落ちないのだろう。あのランドリーにくらべると日本の洗濯機はパワーが小さめだなあと思う(パワーがありすぎて、乾燥機はかけすぎるとびっくりするくらいに衣服が縮んでしまうのだが、、)。


引き続き残暑&長雨が続きそうで、早くカラッとした秋の空気がやってきてほしいな、と思う。

スポーツと政治。

6月ごろに激賞した「いだてん」だが、引き続き面白い。8月が終わった時点で1930年代中盤なのでややペースが遅いように思うが、ことさら東京オリンピックに焦点を当てるでもなく、まんべんなく近現代史をなぞっていくのだろう。


そういう意味では1932年のロス五輪がしっかりと描かれていた。水泳を中心に大きな成果をあげたのがこの回である。明治維新から急激な成長を遂げた日本が、スポーツの面でもついに世界のトップに肩を並べるようになったことがよくわかるし、選手団の若さに満ち溢れた空気には国家としての勢いを感じた。戦前のスポーツシーンのひとつの集大成でもあるのだろう。


さてここからは史実では少し暗い時間が続く。真珠湾開戦から一気に奈落の底に転げ落ち、そこからまた瞬く間に復活するのだ。この出入りの激しい流れも、一瞬たりとも見逃せない。


それにしても、まーちゃんこと田畑政治を後半の主役に据えて、そこに阿部サダヲをキャスティングしたのは今考えるとすごいね!民放の主演俳優女優ありきのドラマとはやっぱり違う。

笑い声。

とっさに出る笑い声、ほど人の性根を正直に表すものはないだろう。引きつった笑い、含み笑い、人を馬鹿にしたような笑い、見下すような笑い、クスクス笑い、音のほとんど出ない薄ら笑い、過去のことを思い出して無意識に漏れ出る笑い、妙にかん高い声、笑いの種類は十人十色だ。


いくらお世辞を並べたって、丁寧な物腰や言葉遣いをしたからって、感情が大きく動いたときの笑い声を取り繕うことはできない。笑い声には見た目に匹敵するくらいに膨大な非言語情報が含まれている。40歳になるとそれまでの人生が顔に刻まれる、というが、40歳にならなくとも、それまでに経験してきたこと、抱えてきた感情、形成されてきた精神性などが笑い声には凝縮されている。


この人は信頼できるだろうか、自分のなかの大事な部分を預けてもよいだろうか、そういったことの判断において、笑い声は重要な参考情報になる。なのに、とっさにいま、自分はどんな笑い声を普段出しているだろうか、と想像してみても、思い出せないのだが。

好きなことを仕事に。

久しぶりに地方(関西を除く)で飲む。もうだいぶん涼しくなってきて、居酒屋を出たあとの夜風が心地よい。


「好きなことを仕事に」とよく言われる昨今だが、やっぱり僕の好きなのは、地方をぐるぐると回って、その土地の人と一緒に汗をかいて仕事をすることだ。仕事の内容にはそんなにこだわりはない。


日本は広くて、土地ごとにいろんな気質を持った人たちがいる。生まれ育ったところを離れた僕とは違って、その土地に根を張って生きている人が好きだし、その人のためになることをできれば嬉しい。照れ臭さを承知で言えば、愛情をもって付き合っているし、それは相手にもちゃんと伝わっていると思っている。スキルや知見を持った人からすればたいしたことのない要素だが、これこそが自分自身の強みだとも自負している。


お金が儲けられるから、だとか、スキルがあるから、だとか、そういうことでなくて、好きだから、という切り口で仕事をやるしかない時代だと思う。そして、これからもいろんな街で飲みたい笑