循環。

息子をプールに連れていく途中、ふと団地の側に立つ木々を見つめると、元気に鳴く蝉の声が聞こえてきた。


電器屋に行く夕方、坂の向こうに見えた夕焼けが見事なものだった。空が燃えていた。


なんでもない光景だけれども、見ていると心が満たされてくる。重い気持ちも浄化されていく。自然にはそんな力がある。


ひとり暮らしをしていた頃の都会の生活は便利ではあったけれども、結婚するときに移り住んだ高津区の丘陵地帯の近くや、いまの住まいのあたりは、緑や土が近くてなんとなくホッとする。これ以上都心部に住むことはおそらくもう生涯のうちでないような気がする。思い返せば大阪市内中心部の実家の暮らしも、人情豊かな下町という点ではよかったのだが、あまりにも土や緑からは遠くて、知らず知らずのうちに拒否反応を起こしていたのかもしれない。


自然の循環のなかで人も生かされている。流れが滞ってしまえば、とたんに人は人としてのみずみずしさを失ってしまう。わが身に立ち返って、滞っているものはないだろうかと点検する。