電王戦、人間はどこへ向かうのか。

80手を過ぎてもほぼ互角を示していた評価関数の振れ幅が、最終盤にきて激しく動くようになってきた。静寂の両国国技館に秒読みの声だけが響く。既に5時間の持ち時間を使い切り1分将棋に入っている佐藤伸哉六段は顔をゆがめ口を大きく開く。せわしなく動きなんとか勝ち筋を見い出すべく読みにふける。その姿はまるで命を削って戦う男の姿であった。僕もまたふいに開いたニコニコ生放送のタブをついぞ閉じることができなかった。

やがて、佐藤六段の表情からすっと苦しみが消え、所作が落ち着いてきた。水をすっと口にふくみ居住まいを正す。穴熊に囲った佐藤六段の玉は、やねうら王の攻め駒に包囲されている。50秒の声を聞いて、佐藤六段が静かに駒台に手を置き「負けました」と告げた。

第3回電王戦が今年も始まっている。盛り上がりは去年を上回っているが、結果はここまでコンピュータの2連勝、プロ棋士の2連敗となった。いずれの対局も終盤で間違えることは万に一つもないコンピュータに対して、序盤から明確なリードを奪うことができずに、じわじわと差を付けられての敗戦となった。このままでは、プロ棋士側の5戦全敗もあり得るのでは、という懸念すら現実のものとなりかねないところまできているように思う。

しかしながら、たとえそのような結果となったとしても、プロ棋士達はその結果を受け止める覚悟が既にできているのではないか、と思う。人間を上回る実力を身に付けつつあるコンピュータから逃げることなく向き合い、一直線での叩き合いでは叶わないという現実を認めたうえで、人間どうしの戦いとしての将棋の価値をどう高めていくか、昨年の第2回電王戦、A級棋士である三浦弘行九段がponanzaになすすべなく敗戦を喫した時点で、プロ棋士たちは自らの進むべき方向性について覚悟を決めたのではなかろうか。

もちろん、コンピュータに勝つことを諦めたわけではない。しかしながら、電王戦の通算成績はここまででプロ棋士の1勝6敗1分けとなった。人間が人間であるがゆえの弱さが、そのまま勝敗に直結していると言わざるを得ない。コンピュータと対戦する人間の姿に、人間が将棋を指すことの魅力、プロ棋士の戦う姿の美しさを見せてもらってはいるが、勝負のうえでは差を付けられていることを、誰よりもプロ棋士自身たちが身にしみて感じているはずだ。

それでも人間が将棋というゲームで戦っていくことの意味とは何か、そういう次元にあるなにかを掴むために、プロ棋士達はプライドも捨てて茨の道を進もうとしている。僕にはそのように見えて仕方が無いのだ。