社会人になって、ちょっとだけ成長したこと。

3月と9月は出張が多くなる。週半ばから降り続いた雨がようやく上がった。富山からの帰り、立山連峰のところにだけ雲の切れ目から光が差し込んで、神々しく輝いている。日本海は穏やかな姿を見せている。たっぷりと実をつけた稲穂が頭を垂れて、刈り取りの日を待っている。もう秋本番と言ってもいい。富山から単純に東京に戻るだけならば飛行機の方が速いのだが、もう少し時間をかけて帰るだけの価値のある景色が、窓の向こうに広がっている。

★★★

先週、夏休みの宿題の取り掛かり方が話題になったことがあった。よくあるのは8月31日なって終わっていない、という話だけれども、僕はそうではなかった。僕はぎりぎりになって切羽詰まってしまうと、力が出るどころか焦ってパニックになり、能力が普段の1/10くらいに減ってしまうタイプである。最後の最後で馬鹿力を出してやりきる能力が羨ましいくらいだ。パニックになって全てが崩壊していくのが怖いものだから、できる限り前倒しで済ませようとするのが、夏休みの宿題に限らず僕のものごとの進め方である。このやり方は一見賢そうに見えるが、全然そうではない。7月ごろにさっさと済ませて、8月にぼーっとしていると、9月の頭には宿題の内容がすっかり頭から抜け落ちていて、宿題の確認テストなどがあろうものなら結果はさんざんなものだ。一応宿題を済ませてはいても、済ませることに重きを置いているために理解も浅く、教える側の宿題を出す狙いには応えられていない。読書感想文や図画工作、自由研究もことごとくクオリティは低かった。

この習性は社会人になっても相変わらずなのだが、少し良くなった部分もある。目先の数字(収益)を追わずに仕事ができるようになった。もちろん数値目標はあるのだが、幸いなことにそれに追い立てられるように仕事をしなくとも良い環境で働けている(それはそれで問題ではあるのだが)。目先の期限や数字を追わなくても良いとなれば、ある程度腰を落ち着けてものごとに取り組める自分もいることに、社会人になってから気がついた。それでも、追い立てられるような気持ちになって冷静さを欠き、失態を起こしてしまうことも少なくはないのだが、少しはましになったようには思う。

★★★

将棋で言えば、『相手に攻めさせて、受けて受けて受けて相手の攻めを切れさせる』イメージだ。冷静でいられる時には、相手がどう向かってくるか読めるようになる。相手の動きが読めれば、たいていのことはうまくいく。

うまくいかない時にも、できる限り投げやりにならずに、相手の攻めを受け止めるべく最善を尽くすことを心掛ける。そうすれば、いつかは風向きが変わる。ほんのちょっとだけ、それができるようになった、と思う。