恋愛。

いま、帰りの電車に乗っているところ。目の前ではカップルが抱き合ったり、キスをしたりしている。
「恋愛」から離れて久しい、と思う。

もう一生恋愛感情を抱くことがないのかもしれない。もちろん街中で、あの女性はいいなぁと目移りしてしまうことはそれこそ毎日のようにあるけれども、一時間もすればその女性のことは忘れてしまう。毎日顔を合わせる場所で可愛いなぁと思う女性もいるけれども、(失礼を承知で言えば)眼福以上のそれではなくて、今さら自分からどうこうアクションを起こすなんて気にはならない。奥さんへの愛情はあるけれども、恋愛感情のそれとはもはや全くもって性質が違う。よく恋人のように仲が良い夫婦、なんて言うけれど、彼らも別にお互い恋愛感情を持っているわけではなくて、お互いの愛情が周りからは恋人のように見えるだけなのだと思う。不倫の場合は不倫相手との間に恋愛感情が芽生えるのだろうか、これは何ともわからない。未亡人が新たに恋愛をする、というのはあり得るだろう。

「恋愛」は多分に、妄想の要素を含んでいるように僕は思う。誰かに恋愛感情を抱くときは必ず、独りきりの妄想からスタートするはずだ。なにかをきっかけにして自分自身のなかで妄想のスイッチが入り、相手の姿がどんどん膨らんできて、時にはその気持ちが制御できなくなったりもする。人によってはそれを苦しいと思ったりもするが、たいていは甘美な時間だと思う。ちなみに僕は小学校5年生くらいの頃から中学卒業くらいまで、夜布団に入って目を瞑ってからの30分〜1時間くらいを、好きな人を想う妄想タイムに充てていた。我ながらどうしようもない変態である。僕がなかなか彼女ができなかったのは、もともとの非モテスペックもさることながら、独りきりの「恋愛」に入り浸り過ぎていたことが大きな要因だと自分では思っている。

そんな独りきりの「恋愛」を抜け出して、念願かなってお付き合いを始めることができると、徐々に独りよがりな妄想から抜け出して、次第に地のついた関係を築くようになっていくのだと思う。しかしまれに、2人で共同の妄想の世界を築いてしまい、いつまでもそのなかで濃密な関係を続けるようなカップルもいる(フジテレビの「おノロケ」という番組鑑賞可能)。逆に、「恋愛」のフェーズを全く経ずに進むお付き合いもある。人生に「恋愛」的なものは必ずしも必要ではないが、恋愛に浸る甘美な時間は、それはそれで人生を潤すエッセンスだと思う。後から思い出せば恥ずかしさのあまり思わず小さな叫び声を上げてしまったりもするだろうが。