渡辺明竜王・王座と藤井猛九段が闘ったきのうの王位戦挑戦者決定戦は、166手までで後手の藤井九段が勝ち、羽生王位への挑戦者に名乗りを挙げた。
この大一番、藤井九段は序盤から、10年以上前に一世を風靡した伝家の宝刀、藤井システムを採用した。積極的に仕掛け、相手の王様に角の睨みを効かせて、自由に王様を囲わせない作戦だ。しかしながら、この戦法は、自らの王様についても充分に囲うことなく仕掛けを開始するために、少しでもミスがあればたちまち自分の王様が危うくなってしまう。細心の注意を払って一手一手を指していくことが求められる、序盤巧者の藤井でこそ指しこなすことのできる戦法だ。藤井九段は15年ほど前にこの戦法を独自に開発し、当時驚異的な成績を挙げた。しかしながら、当然のように他の棋士による研究が進み、2000年代中盤以降になるとこの戦法は下火となった。藤井自身もまた、藤井システムを指さなくなった。それから数年が経って、去年のあたりから再び藤井システムが採用されるようになった。
戦型が藤井システムとなることをある程度は予想していたであろう渡辺は、機敏に角を動かして対応し、藤井のお株を奪うようにじわじわと優位を築いた。なかなか藤井から攻めを仕掛けにくい局面が続いた。この状況から、序盤巧者で先行逃げ切りタイプの藤井が、手厚い指しまわしで終盤に滅法強い渡辺に逆転して挑戦権を獲得するのは難しいかと、僕も含めた誰もがそう思っていただろう。
中盤、劣勢な局面で藤井は飛車角を一気に手放して攻めに転じた。素人目にも無理攻め、暴発に見えた局面。大駒と引き換えに手に入れた駒で、嫌らしく渡辺陣に絡みつくが、どう考えても足りなそうな局面。渡辺も手に入れた飛車を藤井陣に打ち下ろし、攻めを切らしたところを仕留める算段だ。
ここで藤井に受けの好手(4一歩)が出る。相手の攻めを見越して、ひと呼吸前に受けておく味のいい手。そうして自玉を安全にしておいてから、何とか細い攻めを繋げ、なんと逆転模様に持ち込んだ。以降も終盤力の弱い藤井の指しまわしにどきどきしっ放しの時間帯が長く続いたが、かろうじて最後まで攻めは切れず、藤井勝ちとなった。
一度叩き潰された藤井システムが、どこを改良して復活してきたのか、素人目にはわからない。おそらく藤井本人でしかわからない感覚があるのだろう。2日制持ち時間8時間ずつという存分に与えられた環境のなかで、藤井システムと羽生の頭脳があいまみえる日が待ち遠しい。この感覚はうまく言い表せられないのだが、とにかく藤井の将棋は僕の胸を打つのだ。