おカネについて思うところ。その3

おカネが全てという考え方がある一方で、最近特に僕たちよりも若い世代において、単におカネを稼ぐことよりも、自分が真にやりたいことを重視して生きている人が少しずつ増えてきている、もしくは目立ってきているように思う。イケダハヤトさん(@IHayato)や玉置沙由里さん(@sayuritamaki)などが代表的だ。

この20年間で日本国のGDPはほとんど増えていない。20年間で約2倍近く成長している欧米先進国と比べると日本の地盤沈下は目立つ。今のままの状況が続けば、僕らの世代のほとんどは、生涯収入が自分の親世代のそれを上回ることはないだろう。

しかしながら、僕らの生活は20年前と比べてもはるかに豊かになっている。牛丼やハンバーガーが象徴的な例に挙げられるように、多くの食料は20年前とほぼ同じか、むしろ幾分安く手に入れることができる。同じように旅行もはるかに安く行くことができるし、衣服に関しても間違いなく昔よりも低価格で手に入れられるようになった(なおかつ安いものを着ているからといって引け目を感じるような社会でもなくなった)。iPhoneiPadというデバイスを手に入れることで、エンタテイメントのコストは大きく下がった。青空文庫YoutubeWikipediaのおかげで、僕らはタダで手に入れられるものがどれだけ増えただろうか。依然として住居に関わる部分のコストは高いが、ここ数年でシェアハウスは爆発的に増えている。これからは古民家の再生や空き家の活用といった動きがどんどん進むだろう。

こうした動きはほとんどの企業や自営業者にとっては逆風でしかないだろう。むしろ上に挙げたような、様々な貨幣ベースの商取引を少なくさせる圧力が働いているなかで、依然としてGDPベースで1%近辺の成長を続けているというのは実はすごいことなのではないかとも思う。

おカネを稼いで、例えばアウディBMWを買うことは、一種の自己顕示欲の現れであった。バブルの頃までは明確にモノを所有することや年収が高いことが100%イコールで自己を顕示することだった。いつの頃からか、それが100%イコールではなくなってきたのだ。かくいう僕のこのブログも、自己を顕示したいという欲求の発露以外のなにものでもない。人間は悲しいかな、いつまでたっても自己を顕示したい習性が抜けることはなくて、その手段が車や時計を買うことから、ブログやSNSで表現を行うことや「絆」や「応援」を通じた経済活動を行うことに変わっているだけのことであろう。もちろん、どちらがダメでどちらがいいというものでもないのだが。(たぶん次回に続く)