ひと、ヒト、人。

仕立てのいいコートに身を包み、誰もが羨むような車に乗っているのに、首の上に乗っかった顔は不安そうにキョロキョロしている。その背中は寂しそうだ。お金ではどうしても買えないなにかがあるのか。

返す言葉の端々から怒気がこぼれ落ちていることがわかる。なのに、目の前の女性がなにに対して起こっているのかわからない。わかっているのはどうやら僕が鈍感だと言うこと。考えれば考えるほどわからなくなる。

満員電車で、女性と男性の二人連れが、会社の人に対する愚痴を話しているのが聞こえてくる。ふとちらっと見ると、愚痴を話しているその顔が歪んでいるように見える。自分の顔はどうだろう、とドアに映る顔を覗き込む。

高校生か大学生の男の子二人連れが、仲良さそうにじゃれあっている。お互いへの愛情にも似た友情が目に見えるように絡み合っている。見ていてこっちが恥ずかしく、温かくなる。

座席に座っている僕の目の前に、幼稚園くらいの背格好の女の子が立っている。無表情で電車の揺れにバランスを崩すまいと立っている。彼女の目から、この人ごみはどんな風に見えているのだろう。

強気なジョークを飛ばして豪快に笑うビジネスマン。本当の気持ちはここにあるのだろうか。ひとりになった時は素の自分に戻るのだろうか。ひとりになっても自分に対して演じ続けることを止めないのだろうか。

消えるような小さな声で話しかけてくる。自分が悪いことをしたわけでもないのに、つい「すみません」と口から出てしまう。「すみません」という言葉はいつしか本来の意味を離れて空中を漂っていく。

「きょうのテスト、全然勉強してねぇよ、やべー」と言う中学生。彼が本当に恐れているものはなに。彼にそんな台詞を吐かせたものはなに。なんのために勉強するのだろうか。なんのために友達をつくるのだろうか。

掛け声がかかる。しかしその声の中身は空洞。誰も背負うことのなかった責任がどんどん積まれていって、シーソーは不安定になっている。とっくにバランスを失って、それでも崩れないシーソー。

そんな世界からそっと退場してみては、また戻ってみたり。茶番を繰り返して、真実を盾に突っ張って、吸い込まれて、はじかれて、スノーボールのように異質物を巻き込みながらどんどん大きくなっていく。