変化と硬直。

昔はよく来ていた北関東のとある街へ。ここ数年は訪れるのも年に1-2回くらいに減っている。昔と変わらない、間延びしたメインストリートを流れる女性のアナウンス。2022年であることを疑うかのように、昭和の頃と変わらない空気が流れている。


世界がどれだけ変わっていっても、変わらないままにいる、というのが一周回って価値があるのかもしれない、とも思う。新陳代謝もなく、補助金をあてにし続け、自立したビジネスモデルが構築できない。未開であることとはまた違う、取り残されたまま、アップデートされないものたち。哀愁を帯び、ある意味では愛でてみたくなるものではある。


Covid-19都心部では変化のチャンスになり得たのかもしれないが、地方ではさらに硬直的な対応を招く結果となってしまったように思う。変化を受け入れることはもう難しく、変わる前にその主体そのものが消失していくのだろう。それは葬送の形式としてはまんざら悪いものでもないのかもしれない。


青葉が目に沁みる。山河が綺麗なことが救いである。だんだんと自然に戻っていくのならば、それも良かろう。