試練。

最近身の回りでいろいろなことが起こって、ひとつの考えが自分のなかで浮上している。誰しも、神さまから運命として、それぞれがクリアできるギリギリの試練を与えられているのではないかと、本気で考えるようになってきた。

のほほんと悩みなどなく過ごしているように見える人にも、必ず目に見えないところで問題を抱えて苦しんでいる。1人で生きることを選んだ人も、大勢で肩を寄せ合って生きている人も、専業主ふ家庭も、子あり共働きの家庭も、DINKSの家庭(望む望まざるにかかわらず)も、カネのある人も、カネのない人も、それぞれに幸福と苦しみを抱えて生きている。

誰が恵まれていて、誰が恵まれていない、ということはないのだと思う。変えられるのはその時その時の現状を自分でどう捉えるかということと、どう行動するかということだけなのだと思う。

結局のところは、自分のできることを精いっぱいやる、ということに尽きるのだと思う。そして、精いっぱいやっていれば、心や身体はちょっとやそっとでは壊れない、ということもなんとなくわかってきたところである。