『阪急電車』

アズキ色の阪急電車は、他の電車とはちょっと違う。角に丸みのある車体、落ち着いた緑色のシート、心躍るようなホームの接近メロディ。

宝塚と西宮の街は、阪急電鉄によって造られたと言っても過言ではない。宝塚歌劇団は電鉄の直轄事業であるし、西宮にはかつてスタジアムがあり、阪急ブレーブスというプロ野球球団が存在した。今は阪急西宮ガーデンズというモールに変わっている。そんな2つの街を結ぶのが、作品の舞台となった阪急今津線である。もちろん、沿線の街も今津線とともに育ってきた。関東と関西に大手私鉄はあわせて12あるが、そのなかでも1番沿線開発に力を入れ、歩調を合わせて街づくりをしてきたのは阪急電鉄であり、阪急電鉄のなかでも今津線なのだと思う。

★★★

この作品は、阪急今津線をめぐるいく人かの女性の物語である。秋と春の時間軸のなかで、一歩踏み出していくそれぞれの姿が描かれている。

作品の通り、阪急電車に乗っているのは女性が多い、そして高校生や大学生も多い。関東で言えば東急と客層が似ているのだが、阪急はサラリーマン然とした男性が少なく、車内の雰囲気はより華やいでいるように思う。作品においても、ゆったりした空気が流れている。

登場人物それぞれのエピソードは、いささか短くて断片的に思える。それぞれのエピソードの続きが知りたくなるし、もっと登場人物を絞っても良かったとも思う。ただ、そこを深入りせずに終わりにしてしまうのもまた電車をモチーフにした作品らしくはあるのだが。それぞれの女優の演技は凛として気持ちが良いし、多くの女優が兵庫県出身であるだけあって、言葉もたたずまいもごく自然だ。エピソードは断片的であるものの、随所で散りばめられる名言(?)は心をくすぐられる感じになるし、女優それぞれを引き立てている。それに対して男性の登場人物はいささか情けなく描かれているが、それもまた関西の男らしくて個人的には良いと思う。

そしてエンドロールを飾るのはaiko、彼女以外にはいないだろう。2005年のシングル『三国駅』に続いて阪急とゆかりのある歌を手がけることになった。どちらかといえばスロウなテンポに明るさが乗っかっているこの曲は、今津線のイメージにぴったりである。

★★★

ちなみに、この作品では西宮北口〜宝塚間が今津線として描かれているが、西宮北口からさらに南に2駅伸びており、路線名の発祥となった今津駅にて阪神電鉄と接続している。今津駅では、東西に走る阪神電鉄と、北から伸びてきた今津線が逆さT字型にぶつかり、なんとも以前からの仲の悪さを感じさせるのだが、数年前に阪神電鉄が吸収される形で合併したので、両社の直通運転を見据えて新しい動きが起こる可能性が微レ存なのでは、と密かに夢想していたりもする。