王将と元禄寿司。

僕が育ったのは公務員家庭だったのだが、幼い頃はうちは貧乏なんだとずっと思っていた。物心付く頃はバブルがはじける直前で、周りには羽振りの良さそうな人もいたので、相対的に恵まれていないと感じたのかもしれない。僕の生来のケチっぷりはそんな原体験に端を発する。

実際のところは、祖母も65歳までフルタイムで働いていたし、一家全体でそこまでカツカツというわけでもなかったはずだ。国内だがそれなりに家族旅行も連れてもらっていた。

しかしながら、家族で外食した思い出となると、餃子の王将か商店街のなかにあった元禄寿司という120円均一の回転寿司のどちらかにほぼ集約される。他の店で食事した記憶がほとんどない。ゆえに、舌が完全に慣らされてしまい、たまには他の店で食べたいな、と思うこともなかった。残念と言うべきか、この舌感覚は今に至るまで変わらない。恐らく死ぬまで変わることもないだろう。

ということで、休日に近場で外食に行くとなると1番多いのが回転寿司だ。そして、たいていのネタには甘ダレをつけて食べてしまう。世間一般では穴子等の特定のネタ以外に甘ダレをつけないと知ったのは恥ずかしながら最近で、普通回転寿司ではみな甘ダレをつけて食べるものだとずっと思っていた。あぁ恥ずかしい。もちろん、ある程度の価格帯以上の回転寿司や、回らないお寿司屋さんではそもそも甘ダレなんて置いていないし、醤油を使うのだが、こと甘ダレのある店では何の疑問も持たずに甘ダレをかけて食べていた。

そして、王将も今なおよく食べる。餃子もさることながら、天津飯の「あん」の味の調合具合がやみつきになる。唐揚げやえびの天ぷらなどは店によってばらつきがあるが、前に挙げた2品は、全国どこで食べてもほぼ味が安定している。出張時も、ふらっと王将に入ってしまうことが多く、先日全裸騒動で閉店してしまった金沢片町店も、何度かお世話になった。餃子のたれや独特の塩コショウも、舌が味に慣らされてしまっている。

さすがに実家に帰った時にわざわざ食べにいくようなことはなくなったが、小さい頃に刷り込まれた味覚は思いのほか染み付いているものだ。マクドナルドが子どもの味覚に刷り込ませることを戦略としている、という話は聞いたことがあるが、それと全く同じことだと思う。

やっぱりあまりよくないことなんだろうなぁ。と思いつつも、好きなもの食べるのが1番じゃないか、と正当化したい気持ちもあったり。いいものに舌が慣らされて、受け付けない食べものが多い、というのもそれはそれで苦労があるのだろうけど。