まんなかとすみっこ。

久しぶりの東北出張。普段関西や北陸あたりにしか行かないので新鮮な気分になる。なかでも秋田に行くのは12年ぶり。途中まで時速300キロでぶっ飛ばした新幹線も、盛岡を過ぎるとゆっくり走るようになり、さらに先月の豪雨の被害が残っているために時折徐行運転となった。車窓は既に初秋の装いだ。

★★★

12年前の記憶ともなると、もう断片的にしか残っていない。大学1年生の夏休みのことになる。僕自身、もともと中高生の頃から青春18きっぷを使ってちょこちょこ鉄道の旅をしていたが、お金も時間もなかったので、せいぜい1泊くらいで関東から中四国あたりをまわるくらいだった。大学に入って関東にやってきて、休みになってまずやりたかったのが、今まで行ったことのない東北を巡ることだったのだ。当時はバックパッカーとして海外に行く発想もなくて、国内にしか目が向いていなかった。

その夏休み、フリーきっぷと18きっぷを使って2度東北に行った。知り合いのところに泊まったり、カプセルホテルに泊まったりもしたが、大半は空の下に新聞紙を敷いてそのまま寝た。人目につかないようにお墓で寝たり、函館山に登って夜景を見ながら寝たり、結構無鉄砲なことをした。蚊にもよく刺されたが、構わなかった。せっかく旅に出たというのに、おにぎりと菓子パンばっかり食べていた。

北東北の方が印象に残っている。秋田から青森にかけて、海岸線と白神山地の間をへばりつくように走り抜ける五能線、独特の雰囲気が漂う下北半島など、まさに道の奥、『みちのく』という言葉がぴったりの場所だった。何気ない風景にしても、北に行けば行くほどだだっ広くなり、人間の存在感が小さくなっていく。関東や関西でごみごみと暮らしているのと、このあたりで暮らすのとはずいぶん心持ちが変わるのだろうな、と思った記憶がある。

それから月日が流れて、いろんなところに旅に行ったし、それなりに生きるという道も歩いてきたけれど、自分は『みちのく』、言い換えるならばすみっこが好きで、そんなところを好んで歩いてきたんじゃないか、と今になって思う。時々まんなかに躍り出ることもあったけれど、すぐに居心地が悪くなってすみっこに戻ってしまう。そんなことを繰り返してきた。自分の存在感を常に小さく感じておくことで、冷静に歩くことができた。不相応に自分の存在が大きい時にしばしば失敗をやらかしてきた。

ゆえに、東北などの地方に来ると落ち着くのだ。