陣屋に行く。

温泉に行きたいが移動で疲れるのも避けたいということで近場に。鶴巻温泉の「陣屋」に行ってきた。相模原から伊勢原にかけての山沿いにはいくつか温泉が点在しており、時間をかけて今後訪れてみたい宿がいくつもある。

「陣屋」は将棋ファンには言わずと知れた定宿。男女合わせて年間50局程度行われる地方での将棋のタイトル戦のうち、4〜5局はここで行われているのではなかろうか。古くは戦後間もない頃の「陣屋事件」で有名になり、最近はタイトル戦の際に特別に供される「陣屋カレー」がいつも話題にあがる。タイトル戦の運営も手慣れたものがあるがゆえに、七番勝負の第6局と第7局、五番勝負ならば第5局(番勝負のゆくえによっては一方が連勝を重ねて対局自体が無くなる可能性もある)の対局場としてしばしば選ばれており、それゆえに番勝負が最終局までもつれこんだ際のような名局を数多く生んだ宿である。去年の王座戦第2局、羽生二冠(当時)の鬼手6六銀が生まれたのも陣屋での対局であった。千日手指し直しの末に決着がついたのは深夜2時を過ぎてのことであった。

「陣屋」は鶴巻温泉の駅からそう遠くない距離にある。しかしながら鶴巻温泉の駅の雰囲気自体が落ち着いていて既に静かな時間が流れている。いつか住んでみたいと思わされるくらいに心地が良い。「陣屋」の付近にも住宅があるが、宿自体は広い庭に包まれて林のようになっているのでほとんど気にならない。客室数も多くないので館内がごったがえすようなこともない。入浴した時は露天風呂も貸切状態で、冬の柔らかい日差しを浴びて気持ち良く温泉に浸かることができた。羽生三冠をはじめとして幾多の棋士もこの湯に浸かったのかとしみじみと思う。

数々のタイトル戦の舞台となっただけに、館内には将棋にまつわる色紙や写真が散りばめられていて、ちょっとした博物館のようだ。ひとつひとつの部屋にもまだ世に知られていないであろうエピソードが詰まっていることに思いを巡らせると、胸がいっぱいになる。この場所で将棋を指すことが多くのプロ棋士にとっての夢であるということもうなづける。ここはまさに将棋の聖地のような場所だ。

将棋だけの宿なのかというとそうでもなくて、ここの女将さんは宮崎駿氏の親族でもあるそうだ。駿氏が幼い頃に長期間滞在していたこともあり、宿を取り巻く林はトトロの森をはじめとするジブリ作品のいくつかのモチーフとなっている。

今回は久しぶりの温泉行きだったがかなり味をしめてしまったので、春までにまたどこかに行ってしまいそうだ。東横線西武線副都心線を介して繋がることにもなるので、秩父方面が良いだろうか。