札幌の月。

最終の札幌行き快速はほとんど人が乗っていない。その前の飛行機も空席が目立っていた。

左手の窓の向こうには、白い月が浮かんでいる。もう瞼が落ちてきそうな時間だ。流れ流れてなんの因果かこんな電車に乗っている。ただただなにも考えられず窓の外を見ている。

振り返ればいろいろあるのだが、もうひとつひとつを丁寧に取り出す気力もなくなっている。

覚えているのはことあるごとに月を見上げていたことだけだ。大学に入学して、入居手続きが終わった日の夜のこと、そこから1カ月経った夜のこと、卒業する日の夜のこと、転職して深夜残業しているさなかの休憩室から見上げた空。

いつのまにか、たいていの思い出はぼやけて、都合のいいように補正がかかってしまう。人間の思考回路なんてそんな風に都合よくできているのかもしれない。だとすると、無理にひとつひとつのことを掘り出す必要はもうないのかもしれない。

月に雲がかかってきた。駅からホテルまでの道をとぼとぼと歩いている。風が優しい。