旅行人として。

旅にまつわる情報収集はネット全盛の時代だが、きょうは違う形で旅に触れることとなった。

年末までに夫婦ともどもまとまった休みが取れそうなので、毎年の一週間の休みでは行くことが難しそうな遠方に行きたいと考えている。それもあって午前中からJATAの旅博に行ってきた。東京ビッグサイトの広大なスペースに大手旅行会社や航空会社から国ごとのブース、マイナーな旅行会社や地域のコーナーまで立ち並ぶイベントだ。現地の事情に精通しているスタッフからいろいろと話を聞いて、大いに参考になった。会場には普段目にすることのないような様々な国の人が行き交っている。同じ人間のはずなのに、生き方や性質は見事なほどにそれぞれ違う。海外とはほど遠い毎日を送っていたので、そんな当たり前の感覚すら忘れていたことに気付く。

★★★

夕方前に帰宅して、注文しておいた旅行人休刊号を受け取る。

10年前から好きだった雑誌が、ついに昨年末で休刊になってしまった。最近はちゃんとチェックしていなかったので、今頃になって手に入れることになってしまったが、ページをめくると、懐かしい面々の文章が飛び込んできた。この10年くらい、僕が貪るように読んできた旅行本の書き手が、この休刊号にそれぞれのとっておきの文章を寄せているのだ。

お気に入りの本を読むときは、バスタブに熱めの湯を張って、コップに水を注いで本とともに持ち込む。湯気で本がふやけないように胴体の厚みの分だけバスタブの蓋を空けて、バスタブの上に本を立て掛けて読む(それでも本はふやけてしまうので、お風呂のなかで読むのはもう金輪際古本で売ることはないだろうという本だけだ)。どんどん汗が出て、まつげから汗が滴って眼がしみて、もう我慢できなくなるまで一心不乱に活字を追う。我慢できなくなると、本をお風呂の外に放り投げて、お湯に頭まで潜り、息が続かなくなったところでバスタブから出て、冷たいシャワーを浴びる。僕にとっての何よりの至福の時間である。

旅行人に載っているのは、メジャーな観光地とは一線を画した、名も知れぬ地域ばかりである。辺境と言ってもいいかもしれない。そして、観光をすると言うよりは、その場所で素朴な生活を営んでいる人に溶け込んでいる。僕の旅行もまた、旅行人に大きな影響を受けた。たいていは人に説明するのが気後れするようなマイナーな場所ばかりを歩いてきた。それでもそんな旅を続けてきたのは、旅行人の紙面のなかに、僕と同じようにニッチな旅をしている人の姿を見てきたからに他ならない。旅行人に救われたと言ってもいい。

最後に休刊号の一文をお借りする。
「その人の旅は、その人に似ている。」
これからも、旅行人としていられたらこれ以上幸せなことはない。