うつつ。

iPhoneも触れず、仕事も手につかず発熱する身体と対峙していると、しだいに意識と現実の狭間が曖昧になってくる。脳は勝手なストーリーを作りだし、それにしたがって身体が動き、口から言葉が出てくる。


去年の4月にも同じような感覚はあった。現実を受け止められず、仮想のストーリーを脳内で紡ぐことでなんとか毎日を生きていた。現実を消化するには時間がかかった。とはいえ、時間が経てば現実は消化されるものでもある。


目の前に対処しなければならないことが積み上がっていき、少し先を見据えてやっておくべきことも待ち構えている。もうここいやで全て終わりにしてもいいや、という考えも頭をよぎる。


それでも、自分の気質からすれば、途中で投げ出すことはできないのだろう。苦労をして、ひとつのものを作りあげていくことになるのだろう。


世界はどうなっていくのか、と考える。新政権の進む道は新しい資本主義と言われているが、これは言い得て妙で、古い社会主義、というのが正解であろう。なんたこった、と言うほかないが、いまの国民の大多数が望んでいるのがこの形なのだろうなあ、という気持ちもある。