諸行無常。

京都の南のほうに久しぶりに足を向ける。関西特有の蒸し暑さがある。昔の記憶では、このあたりにもバラックの部落が多く建ち並んでいたのだか、それらの全ては取り壊され更地になっている。過去はいろいろとあった土地であっても、更地になってしまえば後世の人はもはや気にすることもなく買っていくのだろう。時代が変われば街の姿も変わっていく。この街は、あの土地はああいう場所だから、などとひそひそ話をする人も少なくなっていく。


片側二車線の府道沿いには、真新しいロードサイドチェーンの看板が連なる。ロードサイドショップにしても、昔から軒も変わらずやっています、という店はずいぶん少なくなり、新顔が増えた。清潔な店が増えたし、歴史のあるような店も内装はずいぶんとリニューアルしている。昔のままでは生き残ることはできない、というのはひとつの解である。


再生する、ということの意味をかみしめている。まだなんらかの事業性があるからこそ、再生することができるわけで、そうでなければ、朽ち果てて自然に還っていくわけである。どちらがよい、悪いという話でもない。