反すう。

取引先の人と焼肉を食べに行った。入店して店員さんからもらったおしぼりを顔に当てた時、おしぼりに染み込んだジャスミンの匂いが顔に広がった。その匂いがバンコクの安宿や妻と初めて海外に行った時のバリのホテルの記憶を思い起こさせた。意図せざるタイミングで記憶が蘇ってきたことに戸惑いながらも、しばし目の前のことを忘れて記憶は思い出を彷徨った。

二次会は韓国人のチーママさんがいるスナックだった。前にも来たことのある店だ。おぼろげに顔を覚えているママたちがてきぱきと店内を動き回るなかで、見たことのないお姉さんがちょこんと座っている。メイクをバッチリと決めて髪をまとめているのだが、顔は微動にだせず済ました表情を保っていて、眼だけが意思をもってこちらを見つめてくる。視線がどうにも気になる。

帰りのタクシー、車内は静まり返っている。飲んだ帰りのタクシーの車中では、きまって6年前の夜のことを思い出す。日本がワールドカップ出場を決めた夜のことだった。ラジオを通して渋谷の騒ぎが聴こえてくる。しかし、車も渋谷の近くを走っているはずなのに、外からは物音ひとつ聞こえてこずに、タクシーの空調の音だけがそよそよと控えめに音を立てる。

埋め込まれた記憶を反すうしながら、また新しい記憶が染み込んでいく。