習字。

毛筆で字を書いたのは20年ぶりだろうか。中学高校の授業では書道を選択しなかったので、小学生以来だと思う。新品の筆を買ってきて墨で梳かしていると、ずいぶんと長い間忘れていた感覚が甦ってきた。

小学生の頃、2年間くらいだったか習字の教室に通った。自転車一台がやっと通れる細い路地のどん詰まりの一軒家に教室はあった。20畳ほどの天井の高い広間に脚の低い机が敷き詰められ、多いときで30人ほどだろうか、子どもたちがみな正座をして机に向かい筆を動かしている。1枚書き上げると、先生の机の前に持っていき、赤字で添削を受ける。先生は厳しいおばあさんだった。僕の字がいっこうに上手くならなかったこともあるが、ほとんど褒められた記憶はない。そのくせに生徒の母親があいさつにきた時には、先生は妙に腰が低く普段使わないような猫撫で声でしゃべっていて、なんだかなぁと思ったことだけが、今も鮮明に記憶に残っている。

結局、塾に通い始めるタイミングだったかでやめてしまった。全く字は上手くならなかったが、字を書き始めようとする瞬間に集中力を高める方法だけは身についたように思う。久しぶりに毛筆を持って甦ったのはその感覚だった。

もっとも、その能力と字の上手さは必ずしも結びつくわけではないのだが。。