障がい。

最近「体に障害を持つ人なんていない。技術に障害があるだけだ」という言葉を目にした。素敵な言葉だなと思った。

陸上界で義足のアスリートの活躍が目立つようになった。幅跳びや短距離走など、障がい者の枠を超えて、一般の大会でも相当な成績を残すようになっている。このまま義足の技術が進化すれば、やがて義足による記録が健常者のそれを恒常的に上回るようになるだろう。そうなった時に、障がい者と健常者を同じ土俵で競わせるべきか、という議論はどのような方向に向かうだろうか。

義足と同じで、眼鏡も近眼という障がいを技術で補正するものだ。そういう意味では僕もかつては障がい者だったのだ。そもそも、もとをただせば、誰しもがなんらかの障がいを抱えていて、たまたまそれが技術の力によって今の時代には障がいと呼ばれなくなっているだけなのだと思う。

身体障がいだけでない。知的障がいにしても、彼ら彼女らが持つ潜在的な能力を、今の技術や社会が捉え切れていないだけなのだと思う。ある意味でそれは今の世界が抱える含み損と言ってもいいし、そういったところにイノベーションの可能性があるように思う。