桃の花。

甲斐大和の駅を越えて列車が下りにかかると眠りから覚めて窓の外を見るようにしている。新大日影トンネルを抜けると、いつの間にか高度を上げていた線路から見下ろすように甲府盆地がぱっと開ける。中央本線に乗って甲府や松本に向かう時に1番好きな瞬間である。ほどなく、散りはじめた桜並木をしたがえた勝沼ぶどう郷の駅を通過する。グライダーが風に乗ったまま高度を下げるように、列車はじわじわと下りながら、甲府盆地に下りていく。盆地の向こう側には雪をかぶった南アルプスが見え、振り向けば富士山が見える。

甲府に来るのは2年くらいぶりのように思う。前は仕事でも遊びでもよく来ていたのに、ある時期から遠ざかってしまった。長野にはよく行っているので、通り過ぎることはあるのだけど立ち寄ることもなかった。久しぶりな感覚と、見たことのある風景だという感覚が混じって、さきほど上から見た桃の木のなかを走り抜けて甲府に着く。

今日も余裕があるスケジュールなので、アポイントの合間に市内を歩く。駅の北口を出て右に折れると、江戸時代のような、蔵の立ち並ぶ通りに出る。しばらく歩くと左手にこんもりとした愛宕山が。わずか2ヶ月前に1メートル以上の積雪があったとは思えないくらいに、昼になると気温が上がってきて、汗をふきふき登ると、甲府市内が見渡せる。道中には村岡花子が教師として赴任した山梨英和学院(当時は女学校)がある。彼女もまたここから甲府の町を眺めたのだろう。古い見晴らし台が、山の中腹にぽつんと建っている。

昼からは、かつて何度か通った甲府市の南側にも足を伸ばす。もともとはのどかな地帯なのだが、リニア新幹線の開通という大きな変化を将来に控えるようになり、少しずつ動きが出てきている。既に山梨県に設置される駅の場所も決まり、東京オリンピックにあわせて、山梨県部分だけでも先行開業できないかという話もある(当初目指していた品川から山梨県駅までの開業は断念)。トンネルの多いリニアが地上区間を走る貴重な区間でもあり、町がどんな風に変わっていくか楽しみは尽きない。

帰り道もまた桃の花に包まれる。大人の身長よりも低く、目に優しいピンク色の花がすっと眼になじんでくる。これからじりじりと強くなる陽射しを受けて、水分をたっぷりと含んだ実がなるのだろう。その頃までにもう一度来ることになればいいなと思って、勝沼から帰りのトンネルに入る。