ムグンファ号。

冬らしい冬というか、冷蔵庫のように空気が冷え切った日が続いている。たまに訪れる小春日和がありがたく感じられる。そんな日々に、韓国の地方都市のことを思い出した。

人生で最も低い気温を経験したのは、おそらく11年前の韓国だと思う。冬のソウルは零下20度近くに冷え込むこともあり、ダウンジャケットを着込んでもなお冷気が全体から染み込んでくるような寒さであった。逆に室内に入ってしまえばオンドルが効いており、ベッドには電気毛布が敷かれて暑いくらいなのではあるが。

そんなモーテルを根城にして、毎日ソウルの郊外に足を運んだ。そのなかで春川という地方都市にも向かった。春川はソウルから見ると東北東の方向にある山に囲まれた小さな街で、ソウルのターミナル駅からムグンファ号という国鉄の急行に2時間ほど乗ることになる。ムグンファとは韓国を代表する花であるムクゲのことだ。ちなみに普通列車にもトンイル(統一)号という名がついていた。

列車は当時ですら日本では希少になっていた、ディーゼル機関車が客車を連結する、というもの。年季の入った車内にはちらほらと乗客が乗っている程度。車窓からは大きな川と、雪をかぶった田舎の風景が見える。例によって車内はしっかり暖房が効いている。

そのうち、70歳を過ぎたであろうおじいさんが隣の席に移ってきて、なんと日本語で話を始めた。1930年ごろの生まれだろうか、学校で日本語を習ったのだという。考えてみればそれもそのはずだ。久しぶりに日本語を話せるのは嬉しい、ということも言っていた。そこまで深い話はできなかったが、やたらと笑い、最後には頭を撫でてもらった。おじいさんにとっての小さい頃の記憶はさほど悪いものではなかったのだろう、ということがよく伝わってきた。

やがて、列車は凍った湖のほとりを走るようになり、春川の駅に着いた。後にこの湖は「冬のソナタ」の舞台として有名になったのだが、その当時は知る由もない。静かでやたらと寒い街だった。湖のほとりを歩いても寒いだけなので、寺院を見に行った後はダッカルビという名物の料理をたらふく食べて、帰りは高速バスで帰った。ダッカルビが辛かったので水を大量に飲みながら食べていたら、バスのなかで猛烈にトイレに行きたくなり、ソウルに着く手前30分ほどは、「ファジャンシル オディエヨ(トイレどこですか)?」とつぶやきながら必死で尿意を我慢する人になっていた。やっとのことでバスを降りて、変な歩き方でたどり着いたトイレで、満を持しておしっこが尿道を勢いよく通り抜けていく感覚を今も覚えている。