その時、歴史は動いた。

振り返って、あの時が潮目が変わった瞬間だったのだと、今になって気付くことができた。

2007年の秋、プチバブルに沸く赤坂溜池で、僕はひとり沈み込んでいた。その夏に一念発起して今の会社に飛び込んだ。しかしながら、周りはキャリアを積んできたプレーヤーばかり、仕事の内容と自分の実力が噛み合わず、ベンチャー企業としてのスピード感にもついていけず、さらには上司ともそりがあわず、2年と少しでそれなりに身に付けた自信とプライドはずたずたに打ち砕かれた。こんなはずじゃなかった、何のために銀行を辞めたのか、という自己嫌悪と先の見えないトンネルのなかを進んでいるかのような閉塞感に包まれていた。要領も悪く、課せられたタスクが全く消化できなかったため、毎週金曜の朝はデスクでExcelを睨んで迎えていた。肉体的な疲労もさることながら精神的な辛さが大きく、先輩には目が死んでいると言われたし、友人とメールをしていても支離滅裂な文章になってしまい心配される始末であった。自分でもおかしくなっているということは薄々気付いてはいたが、目の前のことを日々こなすだけで精一杯だったし、自分の状態を分析すれば、ぎりぎりで保っていた精神のバランスが崩れてしまいそうで、自分のことを正視することができなかった。

そんな状況に変化が生じたのは12月も末になった頃。関連部署の上司が僕のことに配慮してくれたのか、社内に2つ目の僕の席を設けてくれた。あの頃の僕にとっては、緊急避難所のように思えた。新しい席で、同年代もしくは少し年上の同僚に囲まれて自分のペースで仕事ができるようになった。そしてその日のお昼、彼らとお昼を食べに行ったときに、僕のなかで何かが弾けて、初めてこの会社に入って自分を出せた手応えがあった。この時がまさに潮目が変わった瞬間だった。精神的に安定してくると、仕事の流れをうまく掴めるようになり、自分らしさも徐々に出てきた。

彼らとはたびたび夜遊びもした。よく遊び、よく働いた。そして何度目かに遊びにいったその場所で、今の奥さんと出会った。金曜から土曜に日付けが変わる頃から、真冬の長い夜が白みはじめるまで過ごして、また潮目が変わっていくことを全身で感じていた。2007年の12月から2008年の1月まで、ごく短い期間の出来事である。何もかもが順風満帆というわけではないけれど、今もなお僕はその2つの潮目に乗り続けている。

「運命」というほどロマンチックな言葉で包むものではないけど、潮目が変わる瞬間は、自分でコントロールできるものではなくて、人智を超えた何者かによって仕組まれているのだと僕は思う。苦しい時は、いつかそんな瞬間が来るのだと信じて進むしかないのだと思う。