3年間使ったiPhone3GSからiPhone5へと機種変更した。24ヶ月の縛りが解けてからずるずる先延ばしにしていたが、軽く水没させてしまいいよいよ動作が不安定になってきたので、ここが潮時かとようやく重い腰を上げた。
iPhone3GSはホームボタンの効きが悪かったり、3年選手だけあって相当ガタがきていた。ブラウザのスピードも遅い(もっともWeb閲覧は会社貸与のスマホが主でそれほど不便はなかったが)し、最近はアプリとの相性も悪くなっていた。iPhone5があまりにもサクサク動くので、今までどれだけ時間を浪費していたか思い知らされた。
もっと早く機種変更していれば良かったのに、と思わないこともないが、iPhone3GSには愛着もあった。今までの携帯電話以上に一日のなかでも多くの時間を一緒に過ごしていた、言わば恋人のようなものだ。少々不便であっても、それも個性と割り切って付き合ってきた。だからこそ、本当に使えなくなるまで使おうという妙なこだわりがあった。
iCloudのおかげで、新しいiPhone5には、iPhone3GSに保持していたほぼ全てのデータやアプリがそっくりそのまま移された。普段取り立てて眺めることもない『連絡先』のフォルダを眺めていると、顔がよく思い出せない古いつながりの名前とあわせて、懐かしいフレーズが飛びこんできた。
★★★
『伯楽寮』は、つくば市桜のメインストリートから少し南に進んだところにあるアパートだ。アパートというよりは、大きな一軒家に各人の居室があり、共同の風呂とトイレがあると言った方が正しい。
伯楽寮には先輩が何人か住んでいて、何度か遊びに行った。6畳一間で一万円、4畳半の部屋はもっと安い。車道から外れて砂利道を進んだところにあるアパートの周りには広大な雑木林と草地が広がっている。
一部は開墾されて畑になっていたり、鶏や鴨が飼われていたりもする。雑木林は一度足を踏み入れれば戻ってこれないのではないかと思わせるほどに鬱蒼と茂っている。縁側には住人の私物が思い思いに積み上がっている。たいていは酒の瓶である。
夜になれば湿った畳の上で酒盛りが開かれる。半分世捨て人になった年齢不詳の住人たちがうろついている。農業と自然に囲まれた生活に惹かれて住んでいる人も多い。ギターの音色と、飼われている動物の鳴き声が交じる。大学構内、学生街やアパート街とは明らかに違う雰囲気で、自分の命がむき出しになったような感覚を覚える。
調べてみて初めて、伯楽寮が数年前に取り壊されたことを知った。長い間連絡を取っていないが、先輩は今どうしているだろうか。久しぶりに見つけた名前を見て、ふと通話ボタンを押してみたくなった。