将棋界の一番長い日。

今年もこの日がやってきた。A級順位戦最終局、一斉対局の日。今年はニコニコ生放送に加えて、BSスカパーでは6つのチャンネルで朝9時半から翌日3時まで無料生中継が行われた。これに加えて有料のネット中継と囲碁将棋チャンネルでの生中継。東名阪では名だたる棋士による大盤解説会。東京将棋会館での解説会では終局後羽生三冠が登場してインタビュー。将棋界を挙げてこの日を盛り上げようとしている。そしてかつてない盛り上がりを感じている。この道を切り開いたのは他ならぬ、昨年末に亡くなった米長前会長だろう。

最終局の見どころは2点。誰が森内名人への挑戦者になるか、そしてB級1組への降級となるのは誰か。なかでも、31年間A級棋士としての地位を守り続け、米長前会長の死去に伴って新会長に就任し、会長業務と棋士との両立というチャレンジに立ち向かう谷川九段が降級者となってしまうのか、というところにファンの注目は注がれた。

朝10時から始まった対局も、夕食休憩を終える頃には早くも形勢が傾きはじめるようになっていた。羽生ー橋本戦は羽生良し。羽生三冠が自然な指し手を重ねて優位を築く。橋本八段は負ければ降級となる一番だが、どうも指し手に冴えが見られない。渡辺ー郷田戦は渡辺竜王が一方的に攻め立てている。攻めが簡単につながるはずはないとも思うが、渡辺竜王は細い攻めを繋げるのが得意なだけにどうしても渡辺良しに見える。郷田棋王は昼食休憩後193分の大長考。そして注目の屋敷ー谷川戦は、屋敷九段がじわじわとポイントを重ねて、谷川九段は苦しい立場に追い込まれる。羽生三冠も屋敷九段も、自分の指したい手を指すというよりも、相手の有効手を消すような手を指している。三浦ー高橋戦、深浦ー佐藤戦は優劣不明。この2局については日付が変わるまで形勢に差がつかなかった。羽生三冠が敗れ、三浦八段が勝てば両者で挑戦権をかけたプレーオフ。高橋九段は負ければ降級。ここまで3勝の深浦九段も、自身が負けて、2勝の谷川九段、高橋九段、橋本八段のうち2人が勝てば降級。ひとつとして消化試合などない。

蓋を開けてみると、夜10時過ぎに羽生三冠が早々と勝ち、挑戦権獲得、橋本八段は降級となった。日付が変わり、谷川九段も頭を下げた。渡辺ー郷田戦は急転直下郷田棋王の鮮やかな大逆転勝ち。最後の最後で渡辺竜王に緩みが出たところを逃さない名局だった。深浦ー佐藤戦も最後までヒヤヒヤしながらも佐藤勝ち。これで、降級者は最後まで残った三浦ー高橋戦の結果に委ねられることとなった。高橋九段勝ちなら、谷川九段が降級となる。

最終盤、高橋九段があと一歩のところまで追い詰めたところで、三浦八段が一手の余裕をもって高橋玉を詰ませられるか、という局面になった。難解ながら三浦八段はそのチャンスを生かし、0時50分過ぎ、華麗に高橋玉を討ち取った。これで高橋九段が降級となった。終局後、屋敷九段と感想戦をしていた谷川九段はその結末をまだ知らない。

1時20分になって、ようやく感想戦が終わった谷川九段に、記者が橋本八段、高橋九段の敗戦を伝えた。その瞬間、カメラは谷川九段の苦笑いを捉えた。来期も、新会長のA級での戦いを楽しみにしていたい。そして3年連続の森内ー羽生の名人戦の戦いも。こうして、今年もこの一日が終わった。