書きたい。

年末からやっぱりブログを書いている。1か月近く休んだのはかなり久しぶりであった。


これからも仕事が忙しくなったりでちょくちょく休むこともあるのかもしれないけど、まだまだ長らくブログは書いていくんだろうなあ、ということを休みの間に思っていた。心理状態もろもろで、書けない日はなかにはあれども、ブログを全く書かないでいることは精神衛生上はなかなかあり得ないことを再認識した。


ブログ自体はとっくの昔に廃れて、本当に好きな人、書かずにはいられない人だけが残っている世界になっていると思う。誰かが「斜陽産業」などという言葉を使っていたけれども、だからこそ気楽に、誰の目も気にせずに書き続けることができて、それが自分の頭のなかの整理につながっている。


「書く」という作業があるからこそ、夜ぐっすりと眠れている部分もあるのかもしれない。モヤモヤしていることも文字に起こしてみると、そこで一区切りがついて、それ以降はなかなか頭の中でぐるぐる考えないようになってくる。振り返ってみれば、これまでの悩み事はたいてい、ブログには書いてこなかったようなことばかりだ。

真価。

某社会派ブロガーさんが、「人はうまくいっている時でなくてしんどい時にこそ真価が問われる」と言っていて、まさに沁み入る言葉であった。


自分にとってのしんどい時、はやっぱり2年前だったと思う。ああいうことにも意味があった、と達観するにはほど遠くて、今でもなお思い出すたびにどうにかならなかったのかとほぞを噛む。


それでも、2年近くの時間が経てば、痛みも少しは和らいできて、客観的に捉えることもできるようになってくる。いまから思えば、あの当初はどうやって毎日を過ごしていたのか、ブログをたどればそのときの思考の記録にはたどり着くことはできるのだが、本当の気持ちはそこには書いていないのかもしれない。


大きくばねにしてなにかを成し遂げる、とまではいっていないものの、折れることなくここまでやってきた自分のことをまずは褒めたい。そして支えてくれた周りの人にも感謝しかない。自分の場合、挫折は1人ではなく人の力を借りて乗り越えるものであった。


乗り越えられた一方で、こういう時に出てきた自分の言動、逃げ、醜い部分も忘れずに覚えておきたい。

脱皮。

中韓で起業をした日中ハーフの現投資家さんと食事。彼はいまはまた新しいチャレンジに身を投じている。


僕も含めて大多数の日本人は日本を特別なマーケットだと認識して、日本で作られるものには付加価値があるともう目的に信じがちであるが、もうその先入観は完全に捨てるべきである、と完膚なきまでに思い知らされた。少なくとも、そういう事実に無自覚であるマネジメントがいる組織からは身を遠ざけるべきである。もちろん、日本人にしかないきめ細やかさなどは特定の産業では生きるし、もはやそれでしか生き残る術はないのだろうが、ありとあらゆる産業にその図式が当てはまるわけではない。


資金調達についても、考え方を改める必要がある。本邦の金融機関は歴史的にみても驚くほど低利で調達をすることができるが、果たしてその金利で調達するためにビジネスモデルを作り込んでいくことが、中長期的にみて事業の成長性に資するかと問われれば、全く否であると言うしかないように思える。資本コストの高い資金調達をしても、柔軟性の高い事業構築、また路線変更が許されるモニタリングこそが求められているのかもしれない。その解はどこにあるのか、ということを考えはじめている。

寒さと住環境。

さて三連休も終わり、本格的に始動というところ。例年この季節は体調を崩しがちなので、気をつけていきたい。


今年の冬はなかなか寒い。僕の住処は東京都心と比べれば朝の気温が3度くらい低いので、氷点下まで気温が下がる日が多い。年末年始は家にいる時間も長くて、しんしんと寒さを感じた。大阪の実家でも冬は石油ストーブやガスヒーターをつけっぱなしで、1時間もすると部屋の酸素が薄くなってきてぼうっとする。学生時代に住んでいた場所は冷え込みが厳しかったので、布団にくるまっているしかなかった(一方で2年次まで入居していた寮はセントラルヒーティングがききすぎていて、半袖で過ごしていた記憶も、、)。


結婚して数年間住んでいたアパートも、一階だったのでなかなか底冷えがした。オール電化の家だったので、23時以降7時までの電気料金が安く、朝早めに起きて、7時までガンガンエアコンをかけていたことを思い出す。いま住んでいる場所はマンションで、南側に面した大きな窓があるので、寒さは1番マシな住環境に思える。


少しずつ寒さが緩むまで、もう少し。

日本史と大河。

ここ数年の興奮のままに、けっこうな期待感を持って見始めた「鎌倉殿の13人」。期待に違わぬ面白い滑り出し。本当に、30代に差し掛かる頃からわが家はほぼずっと大河ドラマと朝ドラを見続けているわけで、習慣というのは恐ろしいものである。


高校生の頃は日本史はそれほど得意ではなかった。世界史も同じように得意ではなかった。というのも、多感な学生にとっては毎日の時間は限られているわけで、あの膨大な歴史の流れをインプットするには、ハイティーンの脳内のキャパシティは限られている。あの年代で細かいところも含めた歴史の流れを頭脳に叩き込めるのは、本当に好きでないとできないことだと思う。


そんなわけで、平治の乱から源平合戦を経て、源将軍家の血筋が途絶えるまでの歴史の流れは、なんとなくなぞってはいても、深く掘り下げて理解することはこれまではなかった。改めてきょう、本作のたどる数十年間の歴史の流れを追ってみると、なんとエキサイティングなものだったのかと感嘆する。なんだかこの歳にして、教養とはなにかやっとわかってきたようにも思う。

週末熱。

おととい雪の中を飲みにいってバチが当たったのか、まんまと熱が出てダウンしてしまった。雪の中歩き回ったこともあるのだろうが、ここ数日睡眠時間が5時間くらいの日が続いていたのがそもそもの原因なのかもしれない。


なんというか、ここ2-3年でぐっと加齢を感じるようになった。睡眠時間を削ってしまうとてきめんに体調を崩してしまう。まだひと晩9時間くらい眠れる日があれば、てきめんに回復はするのだが、もう少しすればこのリカバリーの時間ももっとかかってしまうことになるのだろう。


幸いにも暖かくして眠るだけで熱は引いた。土曜はいつも通りの休日。まだ道端には雪や氷が残っているので、息子も楽しそうに遊んでいる。雪世界にもう2年くらい行っていない。Covidは子どもからいろんな貴重な経験を奪ってしまっている。


いまだかつて、これほどまでに子どもだけが社会のなかでしわ寄せを食う時代があっただろうか。いまの日本はどこまでも高齢者ファーストな世界に進んでいる。この世界にもしバランスがあるのならば、ここからグレートリセットが起こるはずだが、さてどうなるか。もちろん、飲みにいっている自分もあぼーんされる側だが。

オミクロン。

いつのまにか驚くほどに感染拡大している。オミクロン株、なんとも扱いの難しいウイルスである。


欧米はおびただしい感染者数を出しているが、もはやwith Covidに舵を切ったと言ってもいい。対する中国は人民に過酷なロックダウンを課して食糧問題なども起こしている。どちらがいいのかはまだ結論は出ないが、これだけ感染力が高まっているウイルスに対して、封じ込み策を行うことには限界がきている。


政府はもう補償金を出す財力もないだろうし、強制力のないお願いをアナウンスするにとどまるだろう。そうなると、もう気にしない人は今まで通りの生活をするだろうし、気にする人はまた巣篭もりの生活に戻るだろう。いまさらの金融緩和はインフレという副作用が強すぎて踏み切ることは難しい。


この感染力を考慮すると、今回こそは最大の感染者数をたたき出すのかもしれない。医療崩壊の真因がなんだったのか、いろんなことが暴き出されて、是正せざるを得なくなるまで、Covidは何度でも感染を拡大させるのかもしれない。そう思って、受け入れるものは受け入れるしかないのだろう。